埋め立て前の石垣港桟橋と市街地〔昭和33年頃〕

埋め立てが完成した美崎町〔昭和39年頃〕

石垣港・美崎町・新栄町埋立地遠景〔昭和44年夏〕

大鷲の像除幕式当日の美崎町風景〔昭和42年4月23日〕

建物が建てられ始めた頃の美崎町風景〔昭和42年頃。東バスターミナル付近〕

ビルが立ち並ぶ美崎町一帯を望む〔平成19年10月〕
 現在、美崎町と呼ばれている地域一帯は、かつては海でした。そこを埋め立てて誕生したのが美崎町となっています。

 美崎町が誕生した背景としては、当時、市街地の人口が増加し、宅地が求められていたこと、商業地域の拡大が求められていたこと、そして港の整備が必要となっていたことなどがあげられます。

 美崎町誕生までの大まかな経緯についてふれていきますと、昭和38年(1963)頃まで、石垣島に着いた大型の貨客船は、石垣港の水深が浅いことなどから接岸できずに沖合に停泊し、小型のはしけ船で貨客を運ぶという不便な状態が続いていました。

 そこで、大型の船が接岸できるような新石垣港の整備事業が、昭和35年(1960)以降に進められましたが、その大きな工事の一つは、当時の桟橋の東側を掘り下げて深くし、そこから出た土砂などを西側に移動して、その場所を埋め立てるというものでした。その際に埋め立てられた所が現在の美崎町となっています。

 町名は、昭和40年(1965)に公募したところ、古くから一帯の海浜は美崎と呼ばれていたことから、その地名にちなんだ「美崎町」というものが一番多く、町名審査会において選定・推薦され、その後、議会の承認を経て、翌41年3月11日に、当時の琉球政府告示第71号によって「美崎町」と命名されています。