3.730交差点と730記念碑


埋め立てが始まった頃の石垣港桟橋入口風景
〔昭和36年1月。現在の730交差点付近〕

 730とは7月30日を意味しています。その日は、沖縄が本土に復帰して6年後の昭和53年(1978)7月30日で、俗に「ナナ・サン・マル」と呼ばれ、沖縄県下で一斉に交通方法の変更が行なわれました。それまで沖縄県は米国統治の名残が残っており、「人は左、車は右」となっていましたが、その日を境に「人は右、車は左」となりました。
 交通方法が変更される際には、前日の29日午後10時から変更当日の30日午前6時までの間、緊急自動車やバス、タクシーなどの指定車両を除くすべての車両が通行禁止および駐車禁止となり、

 当日、午前6時を期して消防署のサイレンが鳴りひびくなか、白バイに誘導されたタクシーなどが、これまでの右側通行から一転して左側通行へと移行していきました。
 沿道には、その歴史的瞬間を見ようと人垣ができたほか、変更直後からは、左側通行を初体験しようとするマイカーが繰り出し、思わぬラッシュもみせました。また、心配されていた交通事故は、石垣市では平年並みで、沖縄県全体では、交通方法変更後、その年の年末までの事故は、むしろ減少したとの報告もあります。

 その「ナナ・サン・マル」を記念した「730記念碑」が交差点の側に設置されたのは、同年9月のことです。また、730記念碑の周辺がポケットパークとして新たに整備され「730シィーシィーパーク」(730獅子公園)と命名されたのは、交通方法変更後30周年にあたる平成20年(2008)7月30日のことで、やはり「ナナ・サン・マル」にちなんだ日を選んで小公園の竣工が祝われています。その後、最近では、石垣島を訪れた記念撮影の場所として利用している観光客の姿が目につくようになってきています。



文:松村順一
写真:広報公聴課ほか
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