46.明石(あかいし)集落

 古くから牧場として利用されていたフタナカ(二中。二つの山の間に広がる地の意)の地に戦後、新しい開拓の村として誕生したのが明石集落です。 昭和30年(1955)4月に、沖縄本島(大宜見村、読谷村、玉城村、石川市、具志川村、北中城村、美里村、久志村、屋部村、勝連村、首里)、それと地元の石垣市、大浜町などから政府計画移民として入植しています。
 入植当時の戸数は63戸、入植人口は349人(内訳・男184人、女165人)でした。 集落名の由来は、小字名の赤石の「赤」を、「明」に変 えて命名されています。 入植当初は、イモ、陸稲、落花生、サトウキビ、玉ネギ、ジャガイモ、パイン、葉タバコなどを栽培していました。
 学校が設置されたのは、昭和30年(1955)9月のことで、伊野田小中学校明石分校として設立されました。その後、昭和32年(1957)4月に、明石小中学校として独立校となり、昭和38年(1963)4月、中学校は伊原間中学校に統合されています。 店が開店したのは、昭和30年(1955)のことで、共同売店が設立されています。飲料水は、当初から先遣隊が井戸を掘り、利用していました。その後、昭和36年(1961)3月に、高等弁務官資金によって簡易水道が敷設されています。 電話は、昭和32年(1957)12月に、伊原間―平久保線の電話が開通し、昭和39年(1964)4月には、学校用電話が開通しています。
 電気は、昭和42年(1967)に、農山漁村電気導入促進法の電気事業導入によって終日点灯となっています。 現在の人口は130人(内訳・男72人、女58人)、世帯数は65となっています。

文:松村順一
写真提供協力:松島昭司
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