48.久宇良(くうら)集落

 古くは久志真村があった一帯に、戦後の昭和31年(1956)3月に、新たな開拓の村として誕生したのが久宇良集落です。 入植当時の戸数は53戸、入植人口は254人(内訳・男146人、女108人)でした。 政府計画移民として入植した方々の出身地は、沖縄本島の大宜見村、玉城村、北谷村、具志頭村、名護町、知念村、大里村、那覇市、浦添村、宜野湾村、美里村、読谷村、勝連村と地元などとなっています。
 集落名の由来は、付近の地名による命名で、方音はクーラといい、「小さな湾」という意味の小浦からきています。
 入植当初は、イモ、陸稲、玉ネギ、馬鈴薯、落花生などを栽培していました。  飲料水の確保については、入植当初は廃村となった久志真村の井戸や、かなり離れた小川から飲料水を運んでいましたが、昭和33年(1958)に、簡易水道が敷設されています。
 電話は、入植当初は伊原間局まで行って電話連絡していましたが、昭和32年(1957)12月に、伊原間―平久保線の電話が開通しています。  電気は、昭和43年(1968)5月に、石垣島全島電化によって終日点灯しています。現在の人口は39人(内訳・男19人、女20人)、世帯数は18となっています。

文:松村順一
写真提供協力:松島昭司
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