75.多良間(たらま)集落

 ヌスクマーペー(野底マーペー)から静かに流れ下る西浜川の南方、古くは野底村のあった地一帯に、戦後、開拓の村として新たに誕生したのが多良間集落です。 政府計画移民として、昭和29年(1954)6月に入植した方々の出身地は、沖縄本島(石川市)、宮古(多良間村、伊良部村、平良市、上野村、下地町、城辺町)、八重山(大浜)などで、入植戸数は41戸、入植人口は199人(内訳・男102人、女97人)でした。 集落名の由来は、多良間島の出身者が多くいたことから命名されています。
 入植当初は、イモ、野菜、落花生、ジャガイモ、玉ネギなどを栽培していました。
 飲料水の確保については、入植当初は、井戸を掘り、また、湧き水も利用していました。その後、昭和46年(1971)6月に、野底地区簡易水道施設が落成しています。
 電話は、昭和32年(1957)12月に開通しています。
 電気は、昭和42年(1967)4月に、農山漁村電気導入促進法の電気事業導入によって終日点灯しています。
 現在の人口は60人(内訳・男30人、女30人)、世帯数は26となっています。

文:松村順一
写真提供協力:松島昭司
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