84.米原のヤエヤマヤシ(八重山椰子)群落)


ヤエヤマヤシ群落〔平成21年7月〕

 ヤエヤマヤシ(八重山椰子)は、石垣島と西表島だけに生育する一属一種のとても貴重なヤシです。樹高は15から20メートルほどです。
 ヤエヤマヤシは、従来「ノヤシ」と呼ばれ、古くは「ビンロー」とも呼ばれていました。昭和30年(1955)頃まで、生育している地域は、八重山と小笠原の両地とされていましたが、それ以降、鹿児島大学教授の初島住彦博士や植物研究者の村田弘之、ヤシ研究者の佐竹利彦らの調査・研究によって、「米原のノヤシ」は小笠原のノヤシとは異なる新種であることがわかりました。
 そこで初島住彦博士は、昭和38年(1963)に、その学名を「グルビア・リュウキュウエンシス・ハツシマ」と命名し、発表しました。また、当初の和名は「サキシマヤシ」と命名されていましたが、当時、琉球政府文化財保護委員会の委員をしていた多和田真淳と天野鉄夫によって「ヤエヤマヤシ」と改められました。
 その後、ヤシ学者としては、当時、世界の最高権威者といわれていたアメリカのムーア博士が沖縄に来島研究の結果、一属一種という世界的にも珍しいヤシであることを確認、昭和44年(1969)10月、その学名も新しく「サタケンチア・リュウキュウエンシス」と命名し、初島住彦博士の命名を改訂したという経緯があります。学名の「サタケンチア」は、ヤエヤマヤシの研究に力を注いだ佐竹利彦にちなんでいます。
 現在、ヤエヤマヤシは、米原地区で400本から500本自生しているといわれ、ヤシの自生地としては国内最大規模であり、世界でもここでしか見ることのできない貴重な風景となっています。
 米原のヤエヤマヤシ群落は、昭和34年(1959)12月に、当時の琉球政府指定の天然記念物となり、その後、昭和47年(1972)、本土復帰にともない、国の天然記念物に指定されています。

文:松村順一
写真:大田将之
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