29年度企画展「看板展」

更新日:2020年07月30日

平成29年度企画展「看板展」期間 : 平成29年5月12日(金曜日) ~ 31日(日曜日) 
会場 : 八重山博物館特別展示

沖縄県の本土復帰から今年で45年。

八重山博物館が収蔵する

琉球政府官公署看板24点を展示しました。

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   八重山諸島は、戦後の1945(昭和20)年11月26日米国海軍軍政府布告
 (ニミッツ布告)で行政権の行使を停止され、米軍の統治下に置かれました。
 同年12月28日には従来の支庁にかわって、新たな八重山支庁が発足、混乱し
 た終戦直後の行政を担いました。その後、八重山仮支庁・八重山民政府・八重山
 群島政府を経て、1952(昭和27)年の琉球政府の設立に伴い、琉球政府八重
 山地方庁となり、1970(昭和45)年には琉球政府八重山支庁と改称、1972(昭
 和47)年5月15日の日本復帰による沖縄県の発足まで存続しました。復帰後は、
 沖縄県八重山支庁となりました。2009年(平成21)年をもって八重山支庁は
 廃止され、現在は沖縄県八重山事務所となっています。
  右の建設局 八重山建設事務所は、現在の沖縄県八重山土木事務所です。 
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   八重山刑務所は沖縄刑務所八重山刑務支所へ、
 八重山税関支所は沖縄地区税関石垣税関支署へと、
 復帰後は、沖縄県や国の機関に変わりました。  
   こちらは、琉球政府の時代の冊子。
『今日の琉球』『守礼の光』『琉球のあゆみ』は、それ
ぞれ米国民政府、琉球列島米国高等弁務官府、
琉球政府が、住民向けに発行した月刊誌です。
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  1番左は琉球政府立八重山病院。1949(昭和24)年、
 慈善病院として設立(八重山民政府立)。八重山総合病
 院・八重山中央診療所・八重山開放病院・八重山中央診
 療所・八重山診療所・八重山療養所を経て、1960(昭和
 35)年、琉球政府立八重山病院と改称。現在は沖縄県立
 八重山病院です。
  他に、大原診療所や石垣公衆衛生看護婦駐在所など
 の看板があります。
    こちらには、琉球政府厚生局八重山福祉事務所や
八重山厚生園の看板があります。中でも興味深いの
は、左の写真右端の八重山税務署(現在は沖縄国税
事務所石垣税務署)、左の写真中央の八重山農業改
良普及所(現在は沖縄県八重山農林水産振興センタ
ー農業改良普及課)の看板の裏側です。1972年5月
14日に在籍した職員名が記載されています。
この翌日、1972年5月15日に沖縄は日本に復帰します。
ここに展示した看板は、かつて「琉球政府の時代」があったことを物語っています。