竹富町の風景

更新日:2020年03月06日

干立集落の道と特色ある石垣

干立集落の道と特色ある石垣
〔昭和33年〈1958〉8月。西表島〕
写真提供・本田安次

網取集落風景

網取集落風景
〔昭和31年〈1956〉6月。西表島〕
写真提供・山里節子

竹富町の島じまは、西表島や小浜島を除くと、多くはサンゴ礁の島である。石の多い島じまでは、少ない土地を耕作地とし、きびしい自然環境のなかでの生活を余儀なくされてきた。屋敷を石垣で囲み、屋根を低くして台風の襲来に備えた。
  人びとは生きるために力を合わせ、濃密な共同体社会をつくりあげてきた。きびしい生活のなかから神々への信仰が生まれ、祈りのなかから豊かな芸能をつくりあげてきた。島のいたるところに御嶽をつくり、神への感謝の気持ちを忘れなかった。「うつぐみや かしくさどぅ まさりょーる」(団結に勝る知恵はない)という竹富島の考えも、こうした風土から生まれたのであった。
  しかし昭和四七年(一九七二)の本土復帰を前後して、島を離れる人が増え、島には急速に過疎化の波が押し寄せた。高齢化していく島社会。時代はいま、新たな島の方向性を模索している。
(文・三木健)